バンクシー作と思われる「作品」の取扱いに関する要望書

東京都知事

小池 百合子 殿

2019年2月6日

すでにテレビや新聞などマスメディアでも報道されているとおり、2019年1月16日(月)に、東京都港区日の出駅近くの防潮扉に傘をさしたネズミを描いた「作品」が東京都によって撤去され、倉庫に保管されました。翌17日(火)には、小池百合子東京都知事は、撤去前にこの場を訪れたときに知事自身とこの「作品」を撮影した写真を「あのバンクシーの作品かもしれないカワイイねずみの絵が都内にありました!  東京への贈り物かも? カバンを持っているようです」というコメントとともにソーシャルメディアに投稿されました。

撤去された「作品」は、東京都から提供された写真を見る限り、知事がご指摘されているように、イギリス出身の匿名のストリート・アーティスト、バンクシーの作品に酷似しています。バンクシーの表現手法である、街の壁や建物に絵や文字を描くグラフィティ・アートの多くは非合法的な表現活動であり、この「作品」についても作者を特定する署名はありません。これまでのバンクシーの活動を考えると、一時的にでも撤去された16年前の「作品」を自分の作品であると、改めて公式発表する可能性は高くないように思われます。

しかしながら、バンクシーが本人名義で刊行している作品集『Wall & Piece』では酷似した作品写真に「東京2003」のキャプション付きで掲載されていること、またバンクシー自身が監督をした映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』の中でも当該「作品」と細かな特徴が一致する作品写真が紹介されている点、さらに過去にバンクシーが来日した際の諸事情からも、今回撤去された「作品」はバンクシー自身の手によるものである可能性が非常に高いと考えられます。

今回の「作品」の発見と撤去は、バンクシーが近年国際的に人気の高いアーティストとしてよく知られていることもあって、テレビや新聞などマスメディアでも大きく取り上げられ、都民のみならず国民の大きな関心を集めています。また、本人が描いたものかという真贋にかかわらず、「作品が描かれた場所で周囲の風景や環境と共に作品を鑑賞したい」という市民の関心が高いことは連日の報道でも明らかです。

しかし、今回は、撤去が行われた後に報道が始まったため、実際に「作品」を見ることができた市民は少なく、今回の撤去は、作家の意図に反して、そうした市民の権利も奪ってしまっている状態です。また、2月6日(水)現在、今回の撤去の経緯や今後「作品」をどのように取り扱うのかということについて、東京都から公式の発表はありません。

私たちは、今回の「作品」の撤去が、これまでストリートアートに関わってきた人々や専門家、そして、東京都や日本で生活をしている市民と広く協議することなく、東京都の密室的な判断に基づく一存で、一方的に行われたことに対して大きな危惧を抱いています。

もちろん、公有財産を預かる行政としては、公有財産の保全は専権事項で、行政の立場を考えれば今回の処遇は「財産権の侵害」として当然の結果であるとも考えられます。しかしその一方で、ストリートアートが「表現の自由」という、民主主義国家にとって、もっとも大切な価値のひとつを体現している表現手段であり、今回の件が国内外での議論喚起をしたという点においても、今後の日本における公共圏での表現活動や市民活動の指針につながる「前例」になりうるとして注目を集めています。

グラフィティは多くの場合、財産権を侵害する違法行為であり、決して一般的に推奨されるものではありません。けれども、同時にグラフィティは「表現の自由」にも関わるものです。二〇世紀後半の最も重要な都市文化が、ヒップホップやスケートボード、そしてグラフィティというストリート文化から生まれたことは歴史的事実として周知の事柄です。このこともあって、先進民主主義国の多くの都市では、「財産権の侵害」と「表現の自由」との兼ね合いを慎重に議論しながら、豊かな都市の文化を育んできました。そのような議論の積み重ねにより、バンクシーをはじめ多くのストリートアートの作品は、今では多くの都市において貴重な都市の観光資源や魅力ある街づくりとしても活用され、市民に還元されている側面もあります。

ストリートアートは、美術館やギャラリーに展示される美術作品とは異なり、ストリートで生きています。バンクシーは、これまで世界各国のストリートで市民のために作品を描いてきました。それは無償の活動であり、大人から子供まで、専門家から一般市民まで、公共の場所で作られた作品をお金を払わずに鑑賞するという点に、ストリートアートの思想や価値があると考えられています。そのためイギリスやヨーロッパ諸国では、バンクシーの作品が発見されると、作品の上から透明のアクリル樹脂板を貼って作品を保護することはあっても、撤去はせず、そのままにしておく市町村が少なくありません。

今回バンクシーの作品をどのように取り扱うのかという点については、奇しくもオリンピック・パラリンピック開催を翌年に控えた現在、グローバルな文化都市としての東京都の成熟度が試されています。今回の件は、単にバンクシーという世界的に有名なアーティストの「作品」にどう対応するのかという問題に留まるものではありません。それは、都市と文化の創造力をどのように捉えるのか、ひいては日本における文化の発展をどのように考え、いかに世界へ発信していくのかという課題にも深く関わっているのです。

以上の認識から、2019年1月16 日に東京都が撤去した東京都港区日の出駅近くの防潮扉に描かれた「作品」の対処に関して、東京都庁の内部だけで判断する前に、外部の有識者や市民を含めたオープンな議論と対話の場を設けることを要望いたします。

                                 以上

飯島直樹(DISC SHOP ZERO)

岩本唯史(建築家、株式会社「水辺総研」代表取締役)

宇川直宏(”現在”美術家、DOMMUNE主宰、京都造形芸術大学教授)

荏開津広(DJ、執筆)

大山エンリコイサム(アーティスト)

坂倉杏介(東京都市大学都市生活学部准教授、三田の家LLP代表)

しりあがり寿(漫画家)

鈴木沓子(執筆、編集、翻訳)

関根光才(映画監督)

松下徹(アーティスト)

水野祐(弁護士、シティライツ法律事務所)

毛利嘉孝(社会学者、東京藝術大学大学院教授)

矢部太郎(漫画家、お笑いコンビ「カラテカ」)

(※五十音順)

問い合わせ先:ratwithumbrella2019tokyo@gmail.com

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